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『割烹やま』の山内です!
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2009年11月23日 (月)

物語(特別編)

あれから10年近くたった。もう俺の事をゴミという

人間はいなくなった。1月2日俺は料亭山川でお節料理の仕事を終え

帰る途中、山川の親方に呼ばれた。

「やまーちゃん」「はい」「話あんねん、こっちの部屋おいで」

「失礼します」俺はニコリともせず部屋に入った。

「まあ~そうかたくならないで、」「はい」

「もう、師匠そっくりやな~」「仕事終わったんやし」

「師匠ほど眼光はするどくないですよ」ニコリともせず真顔で答えた。

「まぁまぁ」「それでな本題やけどな、やまちやん、なべちゃんとこ

破門なったやろ~」「はっはい。」「うちで頑張ってくれへんかな~」

「なべちゃんにはもう話しついてるからな」「はっはい」

山川の親方は心配そうに声をかけてくれた。

ありあまる給料の提示に感謝した。しかし「今日、師匠の所に行きますので

その後考えます。」「また、明日から、2か月間大分で仕事ですし」

「なべちゃんに宜しゅう言っといてな」「はい。」

そして丁寧にお辞儀して、山川を出た。


俺はあれから井上と競いながら、店のため、いや師匠のために

努力してきた。お店はバブル崩壊後も予約の取れないお店を維持した。

俺の給料も2万6千円から始まってサラリーマンの3倍以上もらった。

両親に家を買ってあげた。一つの目標を達成した。

そんなある日、専務が一言。「合理化」これから、全員8時間勤務で

週休2日制にする。そして合理化でセントラルキッチンより

パンや、ケーキは納品する。

この一言で、俺の人生は変わった。ゴミ時代に仕事が終わってから

楽しみなエアー皮むきも、しょんべんかけられても耐えたり、殴られたり

走らせたり、仕事を覚えるために我慢してきたすべてが、この一言で、否定された気がした。

なんか「おまえ、あほやな~そんな頑張って」と言われてるみたいで腹が立った。

そう死にものぐるいで学んだ事を、入ってすぐの奴がボタン一つ押すだけで

すべて済んだ。もうここには自分は必要のない人間かもしれない

「じんちゃん、俺どうしたらええんやろ~」

師匠はもっと怒ったが、もめる事もなく解雇になった。

俺はもちろん後を追った。「師匠、あなたについて行きます。」

「くるな!」「いいえ、行きます。」「・・・・」

「僕は、師匠がいなかったら、ただのゴミなんです。」「師匠がいたから

ここまで頑張れたのです。」「ダメなら、ここから飛び降ります。」

「俺は本気ですよ」師匠はすごい顔でにらみつけた。

俺も負けずににらみ返した。人生で最初で最後の反逆だった。」

「給料も何もないぞ」ニコニコして「ゴミに必要ないです。」

それから、俺は旅館やホテルを全国に回る仕事になった。

テレビや雑誌には、いつも井上がいた。彼はすごいと尊敬した。

この旅館回りの仕事は、精神的にきつかった。

初めて入る職場第一声は決まって、「おいおい、なんや若い者が来たで

俺らもなめられたもんよ!」ほぼどの店も同じだ。

「にいさんよ!関西の有名店におったからいうて、調子乗るなよ!」

これも決まり文句だ。それでも、帰りには、やまちやんまた来年も来てや

と帰りには言ってもらえた。ただ、あまりにものプレッシャーと自分の

リミッターを超える仕事と不正、偽装、セクハラ、競馬がながれる厨房にボ

ロボロになった。そして俺の顔から笑顔は消えた。もうゴミの頃ようなトー

クもなく、みんな、俺の事をマシーンと呼んだ。だが、仕事には困らなかっ

た。何でも「はい。」しか言わないからだ。


そんなある日カウンターの仕事が入った。初めて立つカウンターで

「おまたせしました。造りの盛り合わせです。」と出すと

お客さんが顔恐いと小さく言った。

「すいません、ホント」笑顔を作ったがうまくできなかった。

お詫びに「このカツオですけど、カツオは・・・・・・・」と

歴史的なうんちくを話した。すごく喜んでくれた。「嬉しい、喜んでくれた」

それから、ちょくちょくカウターの仕事が増えた。」

不景気で、ホテルの仕事などが減る一方、カウンターの仕事が増えた。

みんなが急に親切になったような気がした。

少しづつ笑顔がもどった時

徳島の旅館の仕事で前日にお店につくと「ごめん!」「今すぐカウンターに出て!」と言われ「はい!」とカウンターに着くと大阪のお客様で

鳴門鯛を食べにきたらしくおかみさんが用意できるまで話してちようだいと

いつものように「刺身って何で刺身言うか知ってます?」

「鯛って春にエビをたくさん食べて真っ赤になるから桜鯛っていうんです。」

「天然の真鯛は・・・・・」と話していた。お客様は「もうはよ出してよ

食べたい~」「にいさんが造る鯛絶対うまいやろう~」

とその時俺の前に出た鯛は、養殖だった。俺はおかみと料理長の顔を見た。

早く出せといっている。この流れの板前は、オーナの言う事はどんな事でも

聞く事が絶対条件なのだ。

しぶしぶ鯛をだした。「こんなん詐欺や、外道や、俺は外道や」

その晩、あの家族の事が頭から離れなかった。

俺も昔、よくだまされたわ。あの時、泣いとったやん。

山川の親方が「客の人生を変える事もあるんや」「俺は外道や」

「もう話すのはやめよう」[詐欺師や!」
それから、魚のうんちくは、いっさいやめた。

人と話したり、笑う事などいっさいしなくなった。

でも、仕事は完ぺきに頑張った。みんなが褒めてくれたが

心は冷めたままだった。「やめたい」と毎日思った。


そんな時
大阪に帰るたびに行く居酒屋があった。いつも一人で料理も2品同じ

ものを頼んだ。ところがある日「御兄さん~」「なんや」「これサービス」

「肉じゃがオムレツたっちゃんスペシャル」「僕が考えてん、旨い?」

「う、うん旨いわ~」「けど、何で?」「兄さん板前やろ、親方言うとった

しかもええとこ働いてたんやろ」「おおう、そやっけど」「めっちゃ寂しそ

うやから、元気出してもらおうと」の言葉を聞くまに

俺の目から、涙がこぼれた「そんな、おおげさな、泣かんといて」

「違う違う」そう自分と師匠の出会いを思いだした。

「なぁなぁ、特製やまスペシャルのピラフ」「ふざんけんな!あんた、寂し


そうやから、だから俺・・・・」「あの人しやべられへんねや!」「あの人笑顔にするねん!」


俺には、無理やった師匠笑顔になんかできひん。外道の料理人やもん


自分の笑顔の作り方もわかれへんねんもん

「頑張りや!職場のブランドとかまったく関係ないねんで」

「今俺に出してくれた、その気持ちでいつも料理するねんで」

「俺みたいな腐れ料理人になったらあかんで!」


その店を出た。

それからもいろんなお店を渡り歩いた。2人で始めた会社も20人を超えた

師匠も大きな家に住んだが身体が悪くなり入退院をくりかえした。

そして、一通の手紙を北海道で受け取った。

そこには、破門の文字が書いてあった。

師匠は、もうこれ以上俺を廃人にしたくなかったのだと分かった。

山川から師匠の所に行く間、緊張した「もうこの仕事はやめよう」

心に決めていた。「なんて話そう」

部屋に入ると、おかみさんが、「奥でまってはるよ」「やまちゃん今日は

あの人の事、師匠でなく、おやじって呼んであげて」「おっおやじ?」

「でも偉そうじゃないですか?」「あの人、あいつ何で師匠なんやろ

嫌われてんのかな?」とか言ってはったで

俺は部屋に入った

背筋がピーンとのびた紫のスーツの師匠がいた

「おやっ師匠ただいま帰りました」「山川で話は聞いたか?」と書いた

「はい、」「気使わんと、山川に行け」と書いた。

「まだ、考え中です。」「それと大分の仕事で終わり」までいいだした時

目で、前の紙を指差した。「破門状」こういう流れの仕事は、単独で

お店いかないように破門にされるのが常識なのだ

そこには「いつまでも、お前をそばにおいたら、お前をつぶしてしまう。

お前はいつもワシに拾われて、今があると言うがワシがお前に守られて来た。

お前は純粋に何も疑わず俺のやる事に耐えてきた。ワシは言葉がしゃべられない事にすねていた。そんな人生に希望をくれた。毎日がワクワクした。
でも結果的にお前をつぶしてしまった。すまないと思っておる

俺は、それ以上読めなかった。涙がとまらず、何も見えなくなった。

「おやじ!」と叫んで膝までいった。そして「俺はおやじを笑顔にしたく・・」その言葉を言いかけた時

俺の耳に信じられない言葉が聞こえた

     「あでぃがとう」「あでぃがとうな」「すまながった。」

と「おやじぃ。もったいない。」「もったいないです~」

俺は泣き崩れた「そんな、そんな、言葉、俺なんかに、おれなんかに~」

初めて聞いた、おやじの言葉。全身鳥肌がたって震えたそう血は違うけれど尊敬したおやじの言葉

俺はずっと甘えたかったかも、優しい声をかけてもらいたかった

その一言ですべて満足だった


それから、ずっと話した。おかみさんが「あの人ずっっと練習してたのよ」

「病院のトイレで」

俺は時決めた。「もう誰の下にも働かない。生涯俺の上司はこの人だけだ」

「小さい大衆のお店から、スタートしよう」正直なお店をしてお客様が

みとめてくれたら、いつか料亭をしよう~。」誰かに何処で修行したん?

聞かれたら「渡辺竜三」と答えよう。いつかこの人が世にでるように

一から勉強しよう」

おやじは、ずーと笑顔だった。初めての風景で俺もずーと笑顔だった。

ゴミと紫のスーツのおっさんは無邪気に語り合った。

俺の目標は達成できた。

そして大分に行き、ながれの最後の仕事をしていた。

仕事中呼ばれた、「電話、大阪から~」俺はピーンときた

「今、仕事中やから」「けど、おかみさんから」

「ええ、言っとるやろ!」「仕事中やねん!」と怒鳴った。

それは、師匠が亡くなったという電話だった。

仕事が終わると「帰るか?」と尋ねられたが「いいえ」最後まで仕事させて

ください。お願いします」と真顔で答えた。

みんなが「あいつ、やっぱり血ないで~」「冷血や~」「うわさはほんまや」と言った。

親方が「アホ」「ゴミ捨て場行ってみろ」と言った。

そこには、一人の青年が泣き叫んでいた。


「何で、何で逝ってしもたん?」「何でなん」「俺、また一人やん」

「どしたらいいの?」「おやじ答えてくれ!」「うおおおおおおおおおおおおお」

「もう無理や、もうやめる、こんな、こんな仕事」

「貴方が教えてくれた、こんな仕事、仕事俺は命かけてやり続けます。」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」


一晩中泣いた。そうゴミの時のように、ただあの時と違うのは

紫のスーツのいかついおっさんは、そこにはいなかった。


構成・・・・・・・やま

監督・・・・・・・やま

証明・・・・・・・やま

音楽・・・・・・・やま


バラード♪

俺は貴方を笑顔にしたかった。それだけだった

そのために、人に馬鹿にされようが頑張った。

まじめな事がいけない時代に逆らった・

でもあの人の笑顔は手に入らない。

ただ、あきらめはしない、あきらめなければ

歩きつづければ・・・・・・♪


おしまい

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コメント

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涙をこらえて読みました。

わたしも鳥肌が立つくらいに・・・

良くやった・・・良くやったよ、やまちゃん。


生涯を通じて、ただ一人の人を尊敬する。

そんな人に、何人出会えるだろう。


師匠は幸せだったと思う。そしてやまちゃんも、幸せだったんだね。

又読みに来ていいですか・・・?

真剣に読ませて頂きました。

なんといっていいか、素晴らしかったです。

うーん、なんでしょう、この胸の内にある感動を言葉にしたいのですが、うまくいえません。

素晴らしかったという言葉もなんか安っぽく感じてしまいます。

同じ男として、こうありたいと思いました。

自分も精進します。

良いお話、ありがとうございました!

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